WWEなどでも活躍した、
世界的なプロレスラーの、
チャボゲレロさんが死去しました。
著名なプロレス一家として、
かつてはエディゲレロさんも有名でした。
エディ選手もチャボ選手も、
すでに旅たったと考えると、
何か時代の大きな変化を感じます。
特にチャボゲレロさんの弟としてのエディに、
息子としてのチャボゲレロ・ジュニアに、
この3人のカラーは、歴代のマット界でも圧倒的に個性的。
あの頃のズルして頂きのギミックと、
華麗な飛び技の連続は、
何かロマンをくすぐられました。
チャボゲレロの死去(死因)
チャボゲレロさんは、
いくら歳を重ねても、
現役として活躍を続け、
ジュニアとコンビでWWEで活躍した時は、
アラシックスにもかかわらず、
コーナーから華麗な飛び技を披露してました。
リック・フレアーに負けじと劣らない、
ガッツのあるオッサンレスラーだったと思います。
そんなチャボゲレロさんも、
今年の1月に肝臓ガンの診断を受けていたようです。
日本でも活躍した米国のプロレスラー、チャボ・ゲレロさんが現地時間の11日、米国で死去したと現地のメディアが報じた。68歳だった。1月に肝臓がんと診断されていた。
引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170212-00000040-dal-fight
体に負担のかかるレスラーとして、
68歳まで元気に生きれたのは、
普通に考えてすごいことです。
悲しいというよりも、
「よく頑張った!」
「その歳までありがとう!」と、
感謝と尊敬の気持ちが芽生えます。
ツイッターなどでの反応も、
追悼する悲しみのコメントとともに、
功績を讃える声が多く出てます。
チャボゲレロと大仁田厚や藤浪と名試合(動画)
チャボゲレロさんは日本のマットでも活躍し、
その名前は弟のエディに負けじと有名。(エディはブラックタイガーとして活躍)
かつては日本マットの大物の、
大仁田厚さんや藤浪さんと名勝負を繰り広げました。
ゲレロさんは、父のゴリー、弟のマンド、ヘクター、エディもプロレスラーというレスリング一家に生まれ、高校の体育教師を経て70年に米国でデビュー。ジャーマンスープレックスホールドやプランチャなどの技を武器に、NWA世界ジュニアヘビー級王座、同インターナショナル同級王座など数多くのタイトルを獲得した。75年には全日本プロレスに初来日。78年には新日本プロレスに参戦して藤波辰爾と、81年には再び全日本プロレスに参戦して大仁田厚と抗争を繰り広げるなど、日本でも人気を集めた。
引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170212-00000040-dal-fight
プロレス一家のゲレーロ家で、
その活躍は筆頭的で、
彼がいなければエディもジュニアも、
ボリューム不足だったように思えます。
この一家のブレイクの仕方は、
今後のプロレス界で、
二度とない光景かもしれません。
本当に貴重な感動を頂けたなと、
とにかく感謝の気持ちが大きいです。
伝説的なレスラーがいなくなってしまうのは悲しいことですが、
古いファンの目線が、ちょっとずつ下に下がっていくのは、
それはそれで良い傾向だと思います。
昔の方が面白かったプロレス・・・、
から、少しずつ前に進んでいけるはずです。
札幌のカレー屋の「チャボゲレロ」は関係なし
北海道の方からすると、
チャボゲレロはカレーじゃないですかね?
2001年にオープンした、
札幌の「チャボゲレロ」は、
多くの方に愛された名店でした。
名前がプロレスラーの、
チャボゲレロさんと同じということで、
もしかして店主がファンだった?とか考えちゃいそうですが、
その点は、何も情報がないので不明です。
おそらく無関係だと思いますが・・・。
いや、オリジナルで出てくる言葉ではないので、由来してるはずです!(どっち?笑)
なぜ、チャボゲレロという店名だったのでしょうか?笑
メキシカンタコスのお店なら関連性ありそうですが、
カレー屋というと?って感じです・・。